百葉箱

 寒いと心配。暑いとへばる。どっちもつらい。とはいえ東北に夏が来た。ここ遠野にも夏が来た。
 百葉箱で気温や気圧を測っている。きょうの最高気温は34.7℃。盆地の底はもっと暑かったにちがいない。
 この百葉箱は、遠野の北東の沢筋の、とある分校にあったもので、その分校はもうずっとまえになくなってしまっている(何十年もまえのお話)。学校がなくなるときに、もっと奥の山に暮らすおんちゃあがもったいないということでもらいうけてきて、しばらくその集落の気象を観測するために活躍していたのだが、二代目が来たのでお役御免となった。お役御免のまま、ぽつんとそれは二代目の横にしずかに立っていた。
 おんちゃあが、これはまだ使える、ぜひ使ってあげてほしい、というようなことをいい、その気持ちをぼくらはありがたくいただいた。そんな縁あって百葉箱は軽トラの荷台に揺られ、山を隔てたこっちの沢筋にやってきた。百葉箱の第三の観測人生がはじまったのだった。
 本体からしたは、ずいぶんいたんでいたので、大工さんに鉄製の頑丈なものをつくってもらった。
 白いペンキを買ってきて、本体を娘と真っ白に塗りなおした。4年前ことだ。
 白く塗りなおして消えてしまったけれど、百葉箱の部材の一部には(内側)「昭和○○年国鉄…」と書いてあって、それも昭和10年代か20年代だったかと思うけれど、そういう国鉄が使っていたなにかの材を再利用しているのだな、というのが見て取れた。でもいま白ペンキ塗装に隠れてしまって、ちょっと確認できない。
 というわけで特別高級な気象データをとっているわけではない。安物の、最高と最低を測ることができる温度計ひとつと気圧計が箱のなかにぶらさがっていて、それを朝夕ながめ、0.1度単位は目分量で読み取り、手帳に書く。あいかわらず小学生みたいなものだ。よっぱらってたまに観測をしたものの記録することを忘れるし。
 しかし雨の日も風の日も雪の日も嵐の日も晴れの日も、とくかく日々、そんなふうにかまってねと百葉箱が強い、そのことによって生活になんとはなしにリズムができているかと思うと、百葉箱も、犬猫とおんなじペットのうちだよなあとも思えてくるのだった。