ご利益のとき


 ずっとむかしから伝承される芸能がある。つい最近はじまった観光がある。観光は芸能を利用する。芸能も観光を利用する。もちつもたれつ。
 遠野ふるさと村は、そんな文脈で輝いている稀有なところだ。互いに利用しあって、互いに元気がでている。
 大型バスで遠野ふるさと村にやってきた大勢のツーリストたちは、とある集落からやってきた神楽の舞いのあとの(このときは上郷町平倉集落)、権現様のシーンになって、呼ばれるがままに舞台にあがる。神楽衆は、見物客に対し、噛み付かれることのご利益を語り、人数が限定だということであおる。権現は、そこに参加した人々に、パパン!、という乾いた音色で噛み付く。さまざまな動物たちが噛み付くように。あるいは、それらの動物たちの噛み付きの原点はここだ、といわんばかりに。
 ツーリストたちは、権現様の威力迫力にそそのかされ、家族とおのれの幸いとか無病息災のようなことを祈る。こうしてにぎやかな、けれども薄暗い非日常の曲り家の一日を善男善女たちが過ごす。